しちゃうんだよね

珍しく彼女が今日と明日休みだと言うので
真っ先に浮かんだのは長野県の美ヶ原高原だなって思った。
でも…やっぱ美ヶ原高原は遠いなと思ったので
近場で二日間はそれぞれ違う場所二ヶ所にしようと思ったけど
なんか…やっぱり…美ヶ原高原なんだよなぁ~行きたいのは。

普通だったら最低でも一泊二日な場所なのに
JKTな僕らってなぜか絶対遠くても日帰りしちゃうんだよね。
旅先で泊まろうという感覚がない。
それはお金があってもダメなんだよね~!
だから若い頃はそれでも平気だったけど
流石にいつの間にか僕もG3な高齢になっちゃったから
往復400km-Overドライブは危ないかな?と。
案の定彼女に今回の目的地を告げたら
速攻で「えええっ!大丈夫?」って言われたもんね。

でも…ますます行きたくなってくる彼方な羨望の場所だから
今だったらまだ行けるな!って美ヶ原高原に決めたんだ。
時間が遅くなっても彼女は明日休みだからゆっくりできるし。
僕も疲れを癒せるはずだから。

美ヶ原高原は過去に2回ほど行ってるけど
今回は最初の頃に行った感じで
諏訪から松本まで足を伸ばして松本城とか観光しながら
県道67号線のアザレアライン経由で山に登って美ヶ原高原へ行き
帰りはビーナスライン霧ヶ峰高原経由で白樺湖に寄り
そして県道40の諏訪白樺湖小諸線で諏訪湖に降りてきて
諏訪ICで中央道に乗って帰ってこようかと。
ま…あくまでも予定だけどね。

身体の向きを変える

またまた鬼の霍乱。
こう何度もあると、鬼の霍乱ではなく、病弱な鬼。
スマホを手にする気力もなく、床に伏せて33時間、苦しんでいた。
症状は、先週と同じ。発熱と頭痛。

布団の上で、仰向け、横向き(左右)、うつ伏せ、、、と、ばたんばたんと繰り返し身体の向きを変える。
意外にうつ伏せは、落ち着く。
日頃はうつ伏せでは寝ないのだが兒童課程
水の上に浮いているかんじ。

まる1日経って、先週同様に、もう熱は下がっているだろうと期待していたが、まだ高熱は続き、がっかりした。

朝も昼も夜も夜中も翌日の朝も昼も、、、と延々と寝ていたが、思いのほか、眠れるものだ。
こんなに寝ていては、夜に眠れないかも?と危惧していたが。
ラジオを別部屋から移動させて持ってきても、また回復したら元の場所に戻すのが面倒で、ラジオなし。
退屈の極み。
が、スマホの充電器だけは、延長コードと共に持ち込んだ。

じっと熱が下がるのを待っていた。
熱はバロメータであり、病状は頭痛。
これには悩まされた。
こころの痛みには鈍感だが、身体の痛みには敏感。

唸って苦しんでいる間に見る夢、想像シーンはろくでもないものばかり。
晩年の姑にもっと手厚くこころを寄せて接していれば良かった、、、とか、姑の信仰していたこと、、、など。
お盆近くに、姑が何か訴えたいことがあるのだろうか、、、
苦しい時は、苦しみの原因や、それを取り除くことをあれこれ考える。
ChatGPT にもお世話になった。
主治医、アドバイザー、総合診療医か小朋友箍牙

前は一日であんなにすっかり完治したのに、今回は長い。
後をぐじぐじ長々と尾を引く。
ということは、前回は完治したように見えて、実は完治していなかった、、、と考えられる。
1週間前の病状が、ぶり返している。
今朝もまだ、すっきりしない状態。
身体が晴れないと、こころが晴れない。
次もまた同じような症状が現れたら、検査しよう、、、(と、ChatGPT に勧められた)
1秒も早く回復したい。

健康のありがたさを身に沁みて痛感した。

元気児を丸一日預かる

わたしは、オカネの匂いに敏感だ。
大好きなのに、その一方で嫌悪する。

大英帝国をはじめ列強国の繁栄や富の裏にある、掠奪や搾取の黒歴史を知るごとく。
歴史を紐解けば、どことも似たり寄ったり。
戦争で奪い合い。
領地や宝や人民を牙醫收費
延々と繰り返されている。

ピカピカ黄金のお宝も、掠奪だったりする。
勝利のご褒美なのか。
無理矢理、ご褒美だと意味付けて、奪い取る。
(わたしのとても身近な人物にも、そういう人がいる。
ご褒美を自分で決めて、自分で奪う)

わあ綺麗、豪華、美しい、、、うっとり、、、とばかりは言ってられない。

一人の芸術家が作り上げる芸術は素晴らしい。値打ちがある。
だが、その作品を巡って争いも起こる。
財宝や芸術品は長い歴史を見てきている。

と、書きかけてブログを放置していた。
ブログは、閉店を余儀なくされる都市の百貨店のようになっている、、、。


ちなみに。
昨日から我が家は託児所になっている。
しかも病児保育。
朝、起きてLINEを見ると、次女から
「子供が38°C超えの高熱脫智慧齒
今日は仕事を休めないので、今、そちらに向かっています」
とのこと。
「あと10分で着きます」と。

ええ〜?
4歳女児、7時から19時までのお預かりとなった。
わたしはその日は、踊りに行こうと思っていたが、やむなし。
長女宅の夏休み・ちびっ子(孫)たちに応援要請した。
保育園児(次女の子)、小学生、中学生の、いきなり大所帯になった。
病児といっても、我が家に来る道中ですっかり熱は引いたようで、元気そのもの。
寝たきり老人より徘徊老人のほうが、周りは体力、気力を消耗するように、病児より元気児を丸一日預かると、結構疲れる。
病児は病児でまた大変だけど。

暑い一日だったが、引き続き、今日も明日も夏休みモード。
4歳児は帰ったが、口のついた(食べさせる)小中学生を預かり、放課後学級のようになっている。
大人はわたし一人。微妙なワンオペ。

ばあちゃんは、元気なうちに使っておくもんだ、、、と、わたしは思っている牙科 星期日
お互いの活力調整に、ぴったりだ。
と書いていたらもうチャイムが鳴った。
まだ8時過ぎなのに。
今日も暑い一日になりそうだ。

地からの脱出であ

本日は、わかりやすい、なんの変哲もないタイトルにしてみた。
同じようなテーマの2つのブログを読んだ。
やはり、テイストには好き好きはある。

うーーん、と考えさせられた。
というか、文章の合間に合間に挟み込まれた写真、ショットが美しすぎて、はたと脳波が止まってしまうpromotion truck
このブロガーさん、フォトグラファーかしら?
魅了されるのは、わたしだけではないはず。
目と脳とこころに、染みる。しばし静止。

まあ、それは良いとして。
継続は力なり、だが、諦めることはさらに難しい。
そういう内容。

ちなみに、わたし、モノフェチなので、モノに対する思い入れがハンパない。
例えばバスタオル。
長女がカナダ留学の際に持たせた、白地に花柄、両端には15センチぐらいずつ紺色一色。(わかりにくい説明)
これを帰りに荷物が多いからと、現地に放置して帰ってきた。
あのバスタオル、わたし、大事にしていたのに、、、。
もう一枚、またまたバスタオル。黄色でワッフル織。
アメリカからの交換留学生(高校生)のホストファミリーになった時、この男子が別の受け入れ家庭の娘さんに熱を入れあげ、その家に通った。
プールか、なにか忘れたが、バスタオルが必要だったのでバスタオルを持たせたら、その彼女の家においたまま、持ち帰らない。
あのバスタオル、お気に入りだったのにorthodontics hong kong、、、。
歳下の高校生を弄ぶ、某一流企業総合職、社会人一年生の女子、罪作りだ。
というか、わたしのバスタオル、返してちょーだい!

と、セコイ話になってしまった。
あ、あと一枚。ピンクのイチゴ柄ミニタオル。
パリ、エッフェル塔、至近距離のアパルトマンに滞在した時、バスルームで忘れてきた。
あれ、新品だったのに、、、
あ、あと、あれ、、、、キリがない。

まあそれは良いとして、、、。
(思い出と共に、モノも忘れてきている)

なんの話だった?
そう、恋は、量ではなく質だと思う。
母や姑は、一生で一度きり、同一人物との関わり(結婚)。
父は、しょっちゅう、気の強い母を離婚したいとボヤいていた。
18歳の時に9歳年上の、近隣地出身の父と結婚した母。
結婚前も結婚後も、何にも知らない子供のままである。
子供のまま過ぎて、感情をコントロールすることも、言葉を選ぶことも出来ないので、わたしは実家から出られたことは、激戦地からの脱出であり、最大の喜びだった。
まあ、父も似たような、短気癇癪持ちなので、どっちもどっちだが、その間に生まれ、育つと、大変である。

まあ、それはそれとして。
一生にたった一人の男性!
今、母は、父の写真を見せても、この人誰?という修復齒科專科牙醫
わたしの嫁ぎ先住所や子供たち(孫)の勤務先は覚えていても。

のままの日が来るだ

長年にわたって、いつも訪れるブログ。
認知症グレーゾーンについて書かれていた。
日頃の行動にいくつか認知機能セルフチェックがあれば、要注意だそうだが、わたしはほぼ総チェックuniversity rankings in Hong Kong!!
つまり、完璧に認知症グレーゾーンに入り切っているということだ。
ご紹介いただいたブロガーさんは、たった一つしか当てはまらないということ。
ピカピカの超優等生、素晴らしい。

わたしの夫はまだ現役でバリバリ働いているが、探し物をすることがある。
スマホはどこ?が、多い。
そして、大の時代劇好き。
(曽祖父の代から)
大丈夫か?

◯やろうとしていても、「まあいいか」とやめてしまう。 
→思いついても意欲減退でやらないことなど、年柄年中、いつもでどこでも頻繁に、しょっちゅうある。
これ、作ろう!(料理) 
あ、でもめんどくさい。メニュー変更。
ま、いいか。

◯同じことを繰り返し言ったり、尋ねたりする。
→これは同じく、年柄年中。
昔っから。
自分で自己規制しているが、聞いてから、あ、しまった、とヒヤリ脫毛學生優惠
何度説明しても理解力の悪いわたしに、優しい笑顔で答えてくれる娘婿に申し訳ない。

◯今何をしようとしていたか思い出せない。
→これまた年柄年中。
特に冷蔵庫の前で、扉を開ける前に、はて??と。
2階に上がって、はて?何しに来た?と。
右を向いたものの、なぜ右を向いた?はて??
ちょっと考えると、思い出すから手ぶらでは戻ってはいないが、いずれ、はて?のままの日が来るだろう。

◯段取りがヘタになった。
→これは、生まれた時から。
わたしの性質、特徴でもある。
体当たり型。その場で、やっつけ型。
計画下手。精度が悪い。

◯長年の趣味が楽しめなくなった。
→今、真っ只中、真っ暗なトンネルの中。

◯会計で小銭を使うのがめんどう。
→全くその通り。
接触型IC交通カードや、クレジットカードか、PayPayのみ。
新たに「d払い」も追加設定した高級文憑學費

嫌で嫌でたまらなかっ

わたしは、高校の時、写真部だった。
ほとんど活動はしなかったが。
昔、好きなものは、今も好きなのかなあと思う。
ピアノは、好きではなかった。
練習嫌い眼袋槍
先生宅でピアノレッスン中、幼稚園の元同級生男子(名前もフルネームでしっかり覚えている)が、同じ部屋で順番待ちしていたが、それが嫌で嫌でたまらなかった。
下手な練習していない演奏を聞かれたくなかった。
苦痛だった。
相手に罪も非もなく、まったく100%自業自得ではあるが。
ピアノの先生のお姑さん(同居)には、同じ家で、習字を習っていた。
2つの習い事が、応接室から和室に部屋を移動するだけで、同時に行えて便利ではあったが。
ピアノの先生は、フルネームで名前も、顔も、声も覚えているが、この優しい人はわたしの小学1年の時の担任の先生でもあった。
先生の舅さん、姑さん、ご主人、2人のお子さん(男児)と住む、閑静な山の手にある家に、わたしは毎週、通っていた。
背の高い素敵なご主人というイメージを抱いている。
といっても当時の私は幼稚園児〜小学生、、、ご主人は、私の父親世代。
2人の男児は、わたしより、ほんの数歳、歳下の下級生。

(昔の思い出を綴るのは、老化防止に良いらしい。
が、読む側にはスクロール、スキップ箇所です)

書道、また、してみようかと、ふと思っている。
大筆から小筆に移り、小文字さらさらになった段階で、わたしは習字のお稽古をやめた。
平安時代の歌をさらさら書くかのごとく、京都の米菓子のパッケージに記されているような、優美な文字。
なのではあるが、当時、小学生だったわたしは、なよなよ字は、嫌だと思った。
なので、小学校高学年で習字はやめた。
ピアノは、幼稚園の時から小学校卒業までレッスンに通っていた。
ろくに練習しないから、上達はとても遅い。

今になって、ピアノ再開。
といっても、またすぐ飽きるかも知れない。
耳で覚えている曲をわりと適当に弾く。
音が濁ると、楽譜をチェックして、左手の指を総動員して抑えている鍵盤と、譜面をもたもた照らし合わせるbikini 脫毛。 
その度に、曲の流れは遅くなったり、止まったり。
が、リズムはかなり怪しい。速くなったり遅くなったり。
正しい音楽にはメトロノームが必要だが、今のわたしには不必要。
自分感覚。
お隣の家の人は、さぞや、いい加減に曲を弾いていると思っていることだろう。
日中しか弾かないし、迷惑にならないよう、短時間にしている。
というより、わたしが飽きないよう、わたしのために、1日30分にした。
いつ、やめるかもしれない、儚い、わたしのピアノ演奏。
だけど、一から始めるよりは、楽。
幼い頃から(不真面目とはいえ)やっているので、だいたい感覚はつかめる。
回り回って、練習嫌いのわたしにピアノを習わせてくれた親に感謝する。
もう頑張らなくていい時期、林住期に、ぽーんとブランクを隔てて、突然のプレゼントになった。
ハマるかどうかは、わからないが。
明日から、やる気をなくす可能性もある。
何しろ、気ままな性格に、自分ながらほとほと悩まされる脫毛價錢

あっていたような雰囲

毎日訪れるブログの一つに、シニア女性の悩み事の人生相談が紹介されていた。
同居する姑が口うるさく、日常、世話を焼いている嫁である自分(相談者)が感謝されない、と。
夫の弟や嫁には感謝の気持ちを持っているのに、と。

わたしの姑Aも、同じことで愚痴っていた。
同居しない、自分の夫の弟や嫁が、「姑の姑」Bに、なんやらかんやらモノを送ってきたり、目に見える親孝行をするhifu 效果
姑が、「姑の姑」Bの日記をたまたま見たら、「次男が来た」、だの、「三男が◯◯を送ってくれた」だの、記してあって、気分を害したと、わたしに言っていた。
毎日、世話をしている長男(舅)の嫁(姑)Aには当たり前の日常として受け取り、感謝の気持ちは埋没している、と嘆いていた。
人の日記は読むべからず、という教訓を、姑Aとわたしは得た。

「姑の姑」Bは、出来た人であり、姑Aも出来た人だ。
出来た人、二人が一緒に暮らしていても、何らかの軋轢は起こる。
多少の経済的自立と、住居の自立は、お互い依存し合わず、保たれていたにも拘らず。

舅は長男だから、大変な面はあるが、次男、三男の嫁は競い合うように「姑の姑」Bのご機嫌を取っていた。
「姑の姑」Bには、子供に対して相性や好みがあり(誰にもあると思うが)、長男である舅とは相性が合わず、お互い歪みあっていたような雰囲気を感じた。
次男は、まるっきり無視に近い、放任感覚。結婚後は、家に寄りつかない。
三男は、末っ子ということもあってか、可愛がっていた。
当然、次男の嫁は冷遇、三男の嫁には優しい。
法事など一緒になると、女同志の縦、横のヒリヒリしたバトルが感じられた755 脫毛

姑Aは、「姑の小姑」C(舅の妹)には気を使っていた。
「姑の小姑」Cは、85年?ぶりの女児誕生だとかで、たいそう喜ばれ愛され可愛がられたようだ。
アイドル。
かつて一族には女児は他にも誕生したが、夭折している。
姑Aと「姑の小姑」Cは、同じ歳ぐらいなのに、天と地の差。
何がかと言うと、、、
姑Aは、嫁。
当時は夫の両親、祖母、未婚のきょうだい3人と同居していた。
家業のため、下で働く人はいたが、嫁は家族では末端、末席、一番下。
お風呂も食事も最後。
「姑の小姑」Cのキラキラした蝶よ花よの娘時代を、末席から眺めていた。
「姑の小姑」Cが、結婚した相手が、これまた素敵な人。
上品で優しくカッコよく、知的でスマートな、おぼっちゃま。
まるで、映画のようだった。
(しかし、いつの時代も、モテモテは禍いのもと)

まあそれはよいとして。
(後にわたしは、遥か彼方、遠方まで、お葬式や法要に足を運ばなければならないことになるが、、、)

ちなみに。
話をちゃんと終えていないうちから、、、。
蛇足中の蛇足なのだが。
ある日、わたしの実家から送ってもらった超高品質、高級羽根布団を、姑Aが間違って、その「姑の小姑」C(夫のオバ)に送ってしまった。
それは、「他の別のモノと間違って送ってしまった」とは、姑Aは「姑の小姑」Cに言えず、Cもわたしのものだとは知らず、今日までわたしの不満は燻っているthermage 效果